~ここから新しい世界に出会える~正林堂

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御巣鷹山と生きる 日航機墜落事故遺族の25年

 長く日航機事故の遺族の連携を支え続けた「8・12連絡会」事務局長の美谷島邦子さん
による本が出ました。

 
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御巣鷹山と生きる―日航機墜落事故遺族の25年』
美谷島 邦子
新潮社 定価 本体1,400円+税
 

 8・12連絡会事務局長の美谷島さんならではの特徴が随所にみられる本ですが、な
かでももっとも多くの遺族たちと25年間寄り添ってきた美谷島さんの視点が、序章の部分にとてもよく出ているので、少し長い引用になりますが以下にまず転載させていただきます。
 
 「乗客の年齢は0歳から80歳代まで。509人のうち、223人が出張や商用、124人が帰省客
だった。家族や同僚など複数で乗った乗客は296人、1人で乗ったのは213名だった。関西
圏の乗客が多く、330名いた。

 著名人も多く乗っていた。歌手の坂本九さん、ハウス食品工業の浦上郁夫社長、神経
生理学の権威である塚原仲晃さん、阪神タイガース球団の中埜肇社長――。

 月曜日の東京―大阪便ということで、ビジネスマンも多かった。朝日新聞社の調べに
よると、住友銀行調査第一部長の木田一男さん、湯川昭久住銀総合リース副社長など。企
業関係者では、社長職を含めて経営者が28人、福社長、専務、常務ら重役32人、部長職38
人、次長・課長職31人。銀行、証券、建設、商社、紡績、百貨店、不動産……さまざまな
分野にまたがった企業の管理職は150人を越えていた。

 1日15便もあり、東京―大阪の550キロをわずか1時間でいく利便性が、企業の管理職に
飛行機を選ばせていた。しかしそれは、頭脳を奪い、屋台骨を折る深刻な打撃を、企業に
与えた。

 松下電器産業は、グループ系列会社を含めると社員17人(システム推進部部長一木允
さん、本部企画担当参事南慎一郎さん、システム推進部副参事秋山寿男さんなど)、家族
6人、婚約者1人の計24人を一度に失った。電通大阪支社は7人(永田昌令次長や営業局の3
人など)、象印マホービンは芦田育三・デザイン室長ら3人の人材を失った。チッソは、
ポリプロ繊維事業部だけで6人が死亡した。

 中小企業社長の死は、もっと深刻だった。例えば、日本音響電気社長の小林法久さん
。働き盛りの死は、企業を、そして家庭を破壊した。年に150回くらい東京―大阪間の便
に乗る人や、平均して1週間に3回ほど東京への日帰り出張をするという社員もいた。

 大相撲伊勢ヶ浜親方の妻子3人もいた。また、女優の北原瑶子さん、オリンピック自転
車競技選手、美容体育研究家や、華道みささぎ流の副家元も乗っていた。お盆休みという
ことで、ディズニーランド帰りの家族連れや友人仲間も多かった。その年の2月に結婚し
たばかりの若い女性もいた。神戸市の私立親和女子高校の3人の先生は、修学旅行の下見
に出かけた帰りだった。

 遺族となったのは、401世帯。そのうち22世帯は、一家全員が亡くなった。一度に8人
の家族を亡くした方もいた。母子家庭になったのは189世帯で、およそ半分を占めた。妻
だけになった家庭は37世帯、子供たちの一部が欠けたのは35世帯、夫婦だけになった家庭
が24世帯、父子家庭が13世帯、夫だけが残されたのが14世帯、そして、子供だけが残され
た家庭は7世帯あった。

 一度に一家8人が亡くなる。一瞬にして、20組以上の家族が全員亡くなる。想像を絶す
るような事実を新聞報道から抜き出し、心身が震えた。

 一瞬のうちに明日を失った人の中に、50人を越える10歳以下の子供や幼児がいた。そ
のひとりである私の息子・健の話をしたい。」
 

 と、いいながら、結局本書の多くは、家族や身内のことよりも圧倒的部分を事故にか
かわった多くの人たちとの出会いを通して語られています。

 結局、誰一人責任ととることなく今に至るこの史上最大の航空機事故。
遺族がなによりも求めているのは、原因の究明と真相の解明であり、それが明らかにされ
ない限り明日の空の安全はない。自分たちの犠牲は活かされない。

 その答えを求めて25年間、8・12連絡会の活動を続けてきた。
 多くの人の支えと出会いのなかで、息子の「ママ、一人で帰れる?」との最期の言葉に
導かれるように、振り返ると自身が迷いながら25年間生きてきた。

 北海道に住むある遺族は、テレビの取材をきっかけに夫の遺品であるスーツケースを
、15年目にして初めて開けたという。

 多くの遺族の支えになりながらも、美谷島さん自身、写真を見れるようになったのは
、七回忌が過ぎてからという。

 事故から5年後、前橋に向かう新幹線に乗るとき、息子の知らない2階建ての新型新
幹線をみて「健ちゃん、ママと一緒に乗ろうね」と呟いた。
 その時、心のなかに息子がストーンと入った感じがしたという。息子はいつも私と一緒
にいる、心の中で生きている、と思うことができるようになったという。

 だれもが、それぞれの生活のなかで、それぞれの時間とともにそのような体験をして
生きています。

 毎年、御巣鷹の尾根に登る人たちのなかには、日航機事故から9年後に起きた中華航
空機事故で夫と実父母を亡くした永井祥子さんもいます。
 なぜ登るのかと聞くと、「すこし前を歩く日航機事故の遺族の姿をみて、私もあと9年
はこうして生きていこうと思ったから」と話してくれたという。

 史上最大の航空機事故の惨事は、いかなる専門家や評論家の言葉よりも重く、この遺
族たちの8・12連絡会の歩みとともにあったといっても過言ではありません。

 連絡会が賠償問題の窓口にならないこと、心のケアを遺族同士のつながりからはじめ
、少しずつ社会の理解を広げてきたこと、後の阪神淡路大震災信楽高原鉄道事故、中華
航空機事故、JR西日本脱線事故などの被害者たちへ、この8・12連絡会からはじまった
運動がどれだけ多くの力を与えてきたことか。

 その活動と問いかけに、運輸行政や企業はまだまだ応えきれていません。

 しかし、こうした遺族の涙と悲しみをかみしめながら続けてきた活動によって、少しず
つ前進することが出来ました。

 美谷島さん、多くの遺族のみなさん、ありがとう。

 本書の一行一行が、私たちがこれから歩いていく足元に確かな光をあててくれます。
 
  そして、御巣鷹に登る人は、これからも決して絶えることはありません。
 
 
 
               以上、私の個人ブログ「かみつけ岩坊の雑記帖」より改題転載
 
「かみつけの国 本のテーマ館」に本書とともに以下の本を加えました。 
 
 
門田隆将 『風にそよぐ墓標 父と息子の日航機墜落事故』 
     集英社 定価 本体1,600円+税
 
寺田博之 『JAL123便事故 安全工学の視点から検証する』 
     文芸社 定価 本体1,200円+税
 
青山透子 『天空の星たちへ 日航123便あの日の記憶』 
     マガジンランド 定価 本体1,428円+税