~ここから新しい世界に出会える~正林堂

渋川市の書店「正林堂」からお店の企画、本の紹介、地域の情報などを気ままに発信します。

日本農業をいかに守るか ―― 食料自給率のウソ

イメージ 1

浅川芳裕著 『日本は世界5位の農業大国』 講談社+α新書 
ネット上のランキングなどでも好調な出だしをみせており、当店でも力を入れている本です。

このタイミングでこそ出版されてしかるべき本です。

日本農業復活のためばかりでなく、日本経済再生のためにもとても大事な視点を提供してくれている本なので、書評としてではなく、著者への応援と、こうした指摘が広く普及することを願って、一部はネタばらしになるかもしれませんが、本書に出てくる具体的数字は出来るだけ紹介しながら書かせていただきます。

この本のタイトルだけでも、かなり人を惹きつける力があるとは思いますが、以下の三つのポイントで紹介させていただきます。



まず第一は、通常いわれる食料自給率とい数字がカロリーベースでの計算によるもので、生産額ベースによる統計に直しただけで、その数字は大きく変わってくるということ。

またそればかりか、自給率というものを国の輸出入の比率で考える限り、いかなる豊かな国であっても、あるいは貧しい国であっても
輸入が途絶えただけでどこの国でも自動的に自給率は100%になるということ。


そもそもカロリーベースではなく、生産額ベースで食料自給率を国別比較をしたならば、日本は66%になり、主要先進国のなかでは3位である。

「生産額ベース自給率1位の米国、2位のフランスは100%を上回っているが、その理由は単純だ。輸入額も多いが、それを輸出額が上回っているからである。
反対に4位のドイツと5位の英国は輸出も多いが、輸入がそれを上回っている。
ドイツと英国より日本のパーセンテージが高いのは、国内生産額より輸入額がずっと低いからである。
つまり、ドイツや英国より消費金額に対する国産比率が高いわけだ。」

日本が世界最大の食料輸入国であるともよく言われますが、
国民一人当たりの輸入量では、
ドイツ660キログラム
フランス548キログラム
日本427キログラムと
米国の177キログラムに次いで少ない。

こうしたこれまでの根拠の薄い数字で政治が動かされている背景には、農水省のある意図が見え隠れしていることを著者は指摘しています。



第二の問題は、減り続ける農家人口とともに衰退し続ける日本農業を救わなければならないという図式です。

確かに農業人口は、世界的にみても一貫して減り続けています。
日本の基幹的農業者数は、1960年に1200万人近くいたものが、2005年には200万人を切るほどにまでなっている。
過去10年間の農家の減少率を比べると
日本 22%
EU(15カ国) 21%
ドイツ 32%
オランダ 29%
フランス 23%
イタリア 21%
決して日本だけが突出しているわけではない。

他方、農業者一人あたりの生産量は、
1960年が3.9トンであったのに対して、2006年には25トン超。
過去40年あまりで6.4倍にも生産性があがっている。

これは先進国の間では製造業においてもおきていることです。
1960年から1999年の間に、アメリカの製造業のGNP及び雇用に占める割合がいずれも15%へと半減した。
ところがこの同じ40年間に製造業の生産量は倍増どころか3倍近くに達した。


「実態からすると農家数の激減は事実だが、生産性の低い農民が減り、生産性の高い農業経営者が増えたというのが正確である」


「生産性の向上は、経営耕作面積(借地含む)の拡大からも説明できる
都府県で1950年には815戸だった5ヘクタール以上の農家数が、現在5万戸を超えている。
一方、1ヘクタール未満の農家数は同期比で5分の1に減少した。
つまり広い農地を使い、ビジネスとして農業に取り組んでいるプロの農家が増えたため、生産性も上がったのである。」

「こうした事実に反して、長年にわたって伝播され、日本農業の弱さを示す象徴になっている「平均農地1ヘクタール」というイカサマ神話がいまだにまかり通っている。(略)欧米の数十分の位置一、数百分の一だから競争力がない」という、何の説明責任も展望もない分析ばかり。肝心なのは、一人当たりの生産性がどれだけ伸びたかなのだ。」

「約200万戸の販売農家のうち、売上げ1000万円以上の農家はわずか7パーセントの14万戸。
しかし、彼らが何と全農業生産額8兆円のうち6割を産出しているのだ。
しかも、過去5年間の売上げ成長率は130%である。」


これらの実態を、生産の寡占・独占化とみるかどうかは、また別の議論を要しますが、
少なくとも日本が自給率が低く、生産性も劣る国とはいいがたいことはよくわかると思います。

こうした実態とかけ離れたところで世間に広がっている不利な日本農業の印象、
それを救済する口実で行われている農業政策や農水省のしくみが、
いかに日本農業を育てるどころか、健全な農業の首を絞めるものばかりであるかということが
第3の問題です。



日本農業の生産額  約8兆円
(外食産業の市場規模 約24兆円)

コメ         約1兆8000億円
小麦         約290億円
大豆      約240億円
(三穀物あわせても2兆円に満たない)
この自給率の低い小麦や大豆を作付けすると、農家には転作奨励金(累計7兆円にものぼる)という補助金が支給される。
小麦や大豆を作るだけで収入が得られるため、単収(単位面積あたりの収穫量)や品質の向上に真剣に取り組まない農家が増加している。

対する赤字補償されない野菜、果樹、花卉などの生産額
野菜  約2兆3000億円
果樹  約7600億円
花卉  約4000億円
その他とあわせて農業市場の約半分、4兆円を超える成長市場

「縮小している2兆円弱の国産穀物市場に、所得補償1兆4000億円をぶち込めば、野菜などの成長市場に大きな歪みを与える。
ゲタを履かされた疑似農家による、野菜価格のダンピングに拍車がかかるからだ。
コメ、麦、大豆生産で得た収入があれば、野菜専業で補助金なしで黒字経営している農家より作った野菜を安く売っても、元がとれるのである。
疑似農家の赤字補償をすることにより、黒字農家まで赤字に陥るのだ。」

長年、日本農業を守るためと称して3兆円規模の税金が投入されてきていますが、やる気のある農家を育てて競争力をつけさせるための予算付けは
ほとんどされてこなかった。
その最たるものが、民主党政権がかかげる2011年実施予定の農家に対する所得補償である。
農業救済の名のもとに、先にあげたようなビジネスとして成長する条件のある農業の発展を阻み、
現状維持中心で農業生産の拡大、技術向上を真剣には考えていない兼業農家への所得補償政策。

これはどう考えても選挙対策のばらまき予算である。
政治の色目を変えてくれた民主党には、まだまだいろいろ頑張ってもらいたいものだが、この政策はどう考えてもいただけない。

浅川芳裕氏は、現実的に日本農業を強くする方法として
「日本農業成長八策」を本書のなかで提言しています。

880円程度の安価な本なので、是非、日本農業を真剣に考える方はもとより、
日本経済の活性化のひとつの切り札として、役人天下り行政廃止の目玉として、
安全な食を得るための方法として、多くの人に読んでもらいたい本です。