~ここから新しい世界に出会える~正林堂

渋川市の書店「正林堂」からお店の企画、本の紹介、地域の情報などを気ままに発信します。

抜井諒一さんによる『群馬伝統銭湯大全』

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昨年、ある友人から、本の出版を考えている人がいるので、一度会ってみてほしいと連絡がありました。

本の企画というものは、どんな分野でもそれなりの内容はあるものですが、それが人に伝わる表現にまで仕上げて、さらに読者の手元にまで届くようなかたちにするには、大変な努力を要するものです。

全国マーケットともなると、無名の著者が一程度の読者のもとにその本の存在が知れるということは、ネット検索技術が進歩した今でも、それはとても難しいことです。

ところが、今回のお話しの相手は、群馬という市場での企画本ということでしたので、大手出版社の力よりも地元の企画・営業力こそが問われるものです。

実は、地元群馬という限定市場での書籍の販売ということに関しては、既存の地元出版社もいくつかありますが、その販売ルートや営業方法については、書店への営業をはじめとして、どこもほとんどどこも十分な手立てが尽くされていないのが実情です。

わたしはかつて情報誌のある企画で、県下の書店、コンビニなどをすべてリストアップして、都市別人口などを参考に市場予測をたてたことがあったので、こうした相談には喜んでのることにしました。


早速、お会いして企画を聞いてみると、それはとても興味深いものでした。
群馬県下の大半が消えゆく銭湯の姿を取材し、消えゆく姿、今も残る姿をのこしてみたいというものです。

現代では、時代の大きな移り変わりのもとに、この銭湯に限らず、実に多くのかつてはあたりまえに存在していたものが消えていきます。
その多くが、単に市場競争に負けて時代の流れに押し流されたというだけでなく、地元の人々には馴れ親しんだものとして、とても惜しまれながら消えていきます。
なかには、いかなる時代の変化にもめげずに、しっかりと生き残っている領域もあります。

そうした移り変わりの多くは、あれよあれよと言う間に、わたしたちはただ見送るばかりで大半のものはまとまった記録もないままに、その街から姿を消していってしまいます。

抜井さんは、そうした変遷していくもののなかでも最も顕著に表れているものとして、銭湯に注目しました。
ただでさえ温泉の豊富な群馬県に、自治体による公共温泉などが、次々にオープンし、それまでの街の銭湯の生き残る余地など、ほとんど無くなってしまったかのように思えます。

そんな時代にもかかわらず、今に生き延びている銭湯の姿があります。
そこには、暖簾や看板ひとつ、夕陽にそびえる煙突ひとつをみても、時代の深い味わいを感じさせるものです。
ある銭湯は、見るからに息絶え絶えの禿げたタイルをさらし、またある銭湯は、厳しい環境にもかかわらす、しっかりと隅々まで磨き上げ固定ファンを今でもつくっています。

銭湯といえば番台にいるおばちゃんとのやり取り、壁に描かれた富士山の絵、湯あがりに腰に手をあてて一気に飲む牛乳の美味さ、どこをとっても掘り下げれば実に様々な物語を見ることができます。

そんな会話を想像しただけで、この本を手にとってみる価値があるのではないでしょうか。
そして今すぐ飛び出して行ってみなければなりません。

抜井さんが取材をはじめたときの県下にある地図上の銭湯の数、54軒。
本書を刊行したときに営業をしている銭湯の数は、29件です。

本書の刊行を、これ以上遅らせるわけにはいかない抜井さんの意気込みがひしと伝わってきます。

こうした情報にはなによりも地図がついてなくてはダメだよとの話もしっかり受け止め、わかりやすい地図もつけてくれました。

地元、渋川市にただひとつ残る「福寿湯」のことも出ています。
抜井さんがもっとも快く取材に応じてくれたところだとも言っていました。
写真をみると驚くほどきれいなところです。

時代とともに変わりゆくもの、変わらずに残るもの、どれを見るにしても、今のわたしたちこそがこの時代の当事者なのです。
抜井さんの本書を手にとって、是非、わたしたちの身の回りにある貴重な「今」を感じ取ってみてください。