~ここから新しい世界に出会える~正林堂

渋川市の書店「正林堂」からお店の企画、本の紹介、地域の情報などを気ままに発信します。

紙くずバブル@出版業界

浅井輝久著
『ABC青山ブックセンターの再生』
新風舎文庫(2007/04)定価 本体657円

春の仕事のピークを終え、久しぶりにゆっくり新刊のチェックをしていて見つけた本。
青山ブックセンターと聞いただけでも買っている本だったが、まったく予想以上の内容の本だった。
佐野眞一の『誰が本を殺すのか』以来の力作かもしれない。

著者は、1995年からABCのの幹部社員教育を担当した元自衛官
えっ?
自衛官が本屋の幹部社員教育
しかも青山ブックセンターの、と思った。

 この浅井輝久という人は、阪神淡路大震災で最初の救援活動にあたった陸上自衛官
 危機管理能力やモチベーション維持などを軍隊流の方法論を伝える指導者かと思ったら、本書の参考資料の一覧を見て、そんな表面的な評価をされるような人でないと知った。

 最近出た、書原の上村卓夫さんの『書店ほどたのしい商売はない』もすばらしい本でしたが、どちらかというと完全な業界内の思考枠の方の本。
 その点、本書は業界素人が見た実情であるために、新鮮な視点で業界の構造や歴史を整理してくれている面も見逃せない。
 業界に新しい風を吹き込み改革をもたらすのは、いつも異業種参入の人たちの発想。八重洲ブックセンター、渋谷ブックファーストもそうだった。

青山ブックセンターは、六本木という特異な立地が生んだ独立系書店としては異例の魅力で多くのファンをつかんだ書店。私も東京へ行ったときは池袋リブロや芳林堂などどともに、時間があれば必ず立ち寄りたい本屋。
それが、黒字経営を続けていたにもかかわらず、2004年7月、営業を中止することになる。これは、これまでのいかなる大型書店、老舗書店の廃業にもない大きな波紋を呼んだ。この経緯についてはいろいろなところで書かれてきたのでここでは省く。

このニュースが飛込んできたとき、取次としては比較的評価していた栗田出版が、どうして優良店を見捨てる決断をしたのだろうと思った。
これは親会社の経営問題であったが、本書でその経緯をみると、この事例が決してABCの特殊な事例ではないということがわかる。

今私がいる店もそうであったが、80年代から90年代にかけては日本中が土地を担保に出店に次ぐ出店を続けるのが普通の姿で、それで多くの会社は成功を収めていた(ように見えた)。

ところがバブル崩壊で一気に担保価値が下がり、金融再編時代の到来とともに膨大な不良債権処理の対象として経営内容やそこの人材価値如何にかかわりなく多くの企業が整理の対象になっていった。
ここまでは、すべての業界に共通していること。

これに対して出版業界は、その間に1万店に及ぶ書店が廃業に追い込まれている一方、業界全体の売り場面積は拡大の一途をたどる。また、書籍、雑誌の売り上げ総額も下がる一方であるにもかかわらず、新刊書の刊行ラッシュは一向に変わらない。

これを著者は、出版、取次、書店の三者の構造のなかで、相互依存を深めながら、かつての「土地バブル」に変わる「紙くずバブル」によって再生産される構造が続いていることを解き明かしてくれている。
個々のしくみは、これまで業界内でもよく言われていることだったが、ここまで整理した叙述をかつて見たことはなかった。

大きな時代の流れの渦のなかで、経営が見失ってはならないものを気付かせてくれるすばらしい本だった。