~ここから新しい世界に出会える~正林堂

渋川市の書店「正林堂」からお店の企画、本の紹介、地域の情報などを気ままに発信します。

年頭の所感

毎年、年末年始は外界もシンと静まりかえるので、
ひとり静かに何か書き上げることが多いのですが、
今年はなにもできなかった。

年末は叔母の本の仕上げをギリギリで間に合わせ、
晦日、6時で店を閉めて
月夜野の叔母の家に届けるも、
家にいたのは叔父だけ。
叔母は私の実家へ行き私の母といっしょに紅白を見ているという。
しかたなく実家へいくと、つまらないテレビを
1時間もつきあわされてしまった。
バラエティーに出ているタレントグループが歌を歌ってるのをはじめてみた。小林幸子も見ることができた。
でも家族のおつきあいとはいえ我慢できず、今夜は約束があるからと早々に家を出てしまった。
でも約束は11時すぎ。
コンビニでお菓子、飲み物を買って早めに待ち合わせ場所へ。
ちょっと遅れてきた相方と榛名神社へ行くことに。
たぶん初詣で年越しなど20年以上やってない。
ずっと念願だったお礼参り。

ところが、道中、ふたりでいろいろなことしゃべりまくり、
話している途中でお賽銭箱の前に来たので
あわてて賽銭を投げ手をあわせただけ。
あれだけ今年のお礼参りを意気込んでいたのになにも
改まった心を持つ間もなく、
そのまま、またあれこれしゃべりながら帰途につく。

日頃寡黙な私は、どうもこういった切り替えが下手だ。

で、朝まで生テレビの最後の方をちょっとだけ見て
仮眠を少しとったら
ロスのかっぱ屋さんからチャットが入り、
そのまま数時間続ける。
そのやりとりで昔の親友の思わぬ思い出と大事なことを教わる。

ずっと食事をしてないので一旦中断したが、
風呂に入ってから食事と思ったら
寒いので布団に入ってそのまままた少し寝る。

夕方、ようやく食事を取るも
いつもの年末年始の静かな厳粛さがまったくない。

けど、
この1日ほどの時間の間に、
なんか忘れていた感覚が戻った。


昔の親友のことをチャットで話したこともあるけど、
この一気にしゃべりまくった話の密度と中身が
20代のころのその親友たちと話していたこととどうもダブル。

そうだ、昔にはこんなようなコミュニケーション密度があった。
いつも自分にはやりたいことがあったけど、
自分の部屋に押しかけてくる親友などが常にいた。
いつもそうした友人に、自分は押されるように
自分の今追われていることではなく、
もっと大事なことに立ち止まれと忠告を受けてきた。

友達はいつもそんな存在だった。

それがだんだん、仕事ややらねばならぬ地域活動などに追われて、
密度の濃いコミュニケーションからちょっと遠ざかっていたような気がしてきた。

いつも会議などでは、
せっかっく時間の折り合いをつけて皆、集まってきているのに
なんの準備もして来ない人に苛立ったりしてたけど、
その内容が、準備に時間をかけるというだけでなく、
自分の生命を吹き込む作業でなければ
結局、何も産まない。

作業をこなすことではなく、
人が生きて生活していくということは
すべて生命の連鎖のなかで行なわれるということを忘れている。

細木数子は運命とは衣・食・住だと言った。
消費的生活から脱して、生命を受け継ぎ吹き込む生活。

またテレビの特番で細木先生、騒いでくれたおかげで
売れ残っていた細木数子の開運カレンダー
今日、全部はけた。
ありがたや。ありがたや。
カレンダーって、売れ残ると本屋は返せないのが多いから。

もしかして、今年の全国の書店のカレンダーの売れ行きが悪いという情報でもあって、細木先生、派手なパフォーマンスしてくれたのかしら。
ありがたや。ありがたや。

でも、
今日かっぱさんに確認されたけど
私は金星人のマイナス。
恐ろしいかな、その通りにことが進んでいる。
ありがたや。ありがたや。


てな、まとまらない話ですが
昨年お世話になった皆さん
今年もよろしくお願いいたします。