~ここから新しい世界に出会える~正林堂

渋川市の書店「正林堂」からお店の企画、本の紹介、地域の情報などを気ままに発信します。

宮尾登美子『錦』

イメージ 1

宮尾登美子『錦』
 中央公論新社 定価 本体1,800円+税

装丁のきらびやかな美しさもさることながら、こうしたしっかりとした本が小説の新刊コーナーに並ぶと、なぜかとてもほっとします。
現代の小説は、多作の著名な作家やテレビなどで話題になった作家たちに市場をほぼ独占され、刺激的な表現や奇をてらう技法にでも凝らないと、なかなか人目につくことが難しい。

出版社の企画として品格を喪失した文芸賞の話題に追随せざるえをえない日々なだけに、こうした新刊書がひとつ並ぶだけで、売る側の気分は随分違うものです。

本書は、京都西陣で高級帯で名をとどろかせるうち、法隆寺の古代錦の復元に生涯を捧げた実在の男性をモデルにした作品です。

「若くして京都・西陣で呉服の小売を始めた菱村吉蔵は、斬新な織物を開発し高い評価を得る。しかし模造品が出回り辛酸を舐めた末、元大名の茶道具の修復をきっかけに、より高度な作品を手がけるようになった。そしてついに法隆寺の錦の復元に挑むが……。
織物に全てを懸けた男の生涯を描く渾身の大作。宮尾文学の集大成!」
                   本書帯より

呉服業界の風雲児とまでいわれたほどの主人公が、古代錦の復元にのめり込むあまり、次第に家業は傾き、給金が払えないために職人はひとりふたりと去っていく。
それでも、その美の世界にとりつかれた主人公は正倉院の御物のなかへ、悲劇と恍惚をともないのめりこんでいく。


人間を描くには、こうした特定の生活、境遇、仕事を通じてこそリアルなものが浮き上がるというのが文学の王道だと思うのだけど、なぜかこうした手法のほうが少ないような気がしてしまう。

大好きな津村節子などの世界とも近い。

1作1作をきちんと織り上げる力のある、現代では希少な作家の注目作。