~ここから新しい世界に出会える~正林堂

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期待以上だった映画「クライマーズ・ハイ」

最近の話題の邦画を観ると、その脚本力や映像技術にがっかりさせられることがとても多い。
とりわけ派手な宣伝をしている作品ほどその傾向は強い。

今回の「クライマーズ・ハイ」も、原作の素晴らしさ、テレビドラマ化された作品の出来の良さなどからして、かなりの能力がないとこの横山秀夫作品を観るものの納得のいくかたちで映像化することは難しいのではないかと、半ば疑いの眼すらもって今回の封切を私は待っていました。

ところが、実際に観てみての印象は、想像していた以上に細部にわたりしっかりとしたつくりの映画で、原田眞人監督作品を観るのは初めてでしたが、これほどの力のある監督であるとは知りませんでした。
同監督の「あさま山荘事件」を高崎で上映していましたが、そちらも是非観てみたくなりました。


この作品を観て第一に感じたのは、とてもよく出来たテレビドラマ作品と比べて、やはり映画ならではの映像がきちんと出来ていることです。

谷川岳の登攀シーン
 山岳映画でクライミングシーンを取り扱ったものは多いのですが、なかなかその岩壁などのスケールを実写でうまく表現できた作品はないものです。
 最近ではCG技術を駆使すれば、簡単に人物のアップからカメラがぐんぐん引いていき、果ては地球の外にまで広がっていくことも普通の表現になってしまっていますが、垂直の岩壁の迫力をとらえた画面を見せることは意外と難しいものです。

タイトルの記憶がないのですが、キルギス共和国の映画で、村の掟を破って鹿を狩ってしまったある青年が、ボス風の鹿を追って岩場をどんどん登りつめ、あるところで身動きできなくなる。その岩壁に這いつくばった姿を少しずつカメラが引いてく。すると数百メートルの岸壁の中央にへばりついた青年の姿が見えてくる。
その映像に出合ったときの感動に近い迫力が感じられました。

日航機の墜落現場シーンも、むやみに惨たらしい遺体を写すようなことはなく、急斜面の混乱した現場のリアリティはうまく表現されていたように見えました。


第二には、横山秀夫作品の人物描写の特徴でもあるのですが、一見、嫌な人間であっても、その人の背景や職務上のおかれた立場などから、そうせざるをえない状況が必ず描かれていることが、テレビドラマ以上によく出来ていました。

新聞社内のドロドロした各部局間の葛藤が、単なる対立以上に、新聞社を支えている者として、それぞれの立場でそうすることしか出来ない姿が上手く描ききれていました。
おかげで数々の喧嘩対立する場面が、意外と爽やかな印象さえ残り、後味の悪さを感じさせない演出になっていることにも関心させられました。

この描き方であれば、モデルとなっている上毛新聞社も、必ずしも悪い意味ではなく、新聞社共通の現場の葛藤として好意的に観ることができるかと思えます。


第三には、「クライマーズ・ハイ」というタイトルテーマが、ドラスティックな事実の迫力に引きずり込まれる新聞社の秒を争う現実のなかで、判断に迷いながらもダブルチェックに徹する姿勢と、現場のリアリティを重視しながらも、必ずしも凄惨な現実を見せることが報道ではないという現場の対立をしっかりとらえていることで、もしかしたら原作以上にその主題は生きいきと描かれていたといえるかもしれない印象を受けました。

この点が浮き彫りになると、この作品を通じて、日航機事故と一新聞社の関係だけではなく、多くの人々がこの史上例のない巨大事故の結果とどう向き合うのかという課題にも、とても大事な視点をなげかける価値ある作品であることが見えてきます。


それそれの場面のやりとりの小道具類も実によく出来ていると思ったのですが、残念ながら、それらがよく注視して見ていないと、早いテンポの展開で聞き取れなかったり、見極められなかったりしがちで、ディテールのこだわりが不特定の人へのわかりやすさにまでは至っていないのが惜しく感じられました。

それでも、私はここまでの作品に仕上げてくれた原田眞人監督には、拍手喝采を送りたい。
ひとそれぞれ見方はいろいろあると思いますが、それぞれの職務で全力でぶつかりあう人々、誰もが経験のない混乱のなかで、人が何に重きをおいてどうするべきなのか、私が日航機事故を通じて学んだ大事なことをこの映画はしっかりと訴えてくれているようでとても嬉しい。

夜11時すぎからの上映で終了は2時になるにもかかわらず、私の最近行った映画のなかでは最も多く人が入っていました。

どうか一人でも多くのひとに見てもらいたい映画です。