~ここから新しい世界に出会える~正林堂

渋川市の書店「正林堂」からお店の企画、本の紹介、地域の情報などを気ままに発信します。

辰巳正明 『歌垣 ――恋歌の奇祭をたずねて』

イメージ 1

辰巳正明『歌垣 ――恋歌の奇祭をたずねて』
新展社新書 定価 本体1,000円+税

 ある常連のお客さんと子持の万葉歌の話をしていたら、そのお客さんがこれは「歌垣」として歌われたものなんだよと話してくれました。
 その歌に関する真偽はともかく、万葉歌の原点が歌垣にあったことは容易に推察されます。

 ところが、この歌垣といものは、具体的資料がほとんどないために学術的研究はほとんどなされないまま今日に至っているようです。

 そんな折ちょうどタイムリーにも本書の発売予告を見ました。当初は昨年12月発売の予予定で、とても楽しみにしていたのですが、遅れて今年1月の発売となりました。

 資料に乏しい歌垣について、本書は中国西南地域の雲南省などに残る歌垣に類似した風習から、沖縄にまで至る東南アジア文化の流れとして考察しており、遠い地の事例ながらもとても説得力のある論証になっています。

 万葉歌の世界には、地方の風俗・習慣も含めて、実におおらかな自然な感情の表現や開放的な性の表現などが特徴として感じられますが、本書を読むと、その開放的な性の表現も、少し違った視点が見えてきます。

 日本で具体的な記述のある筑波山の歌垣などとともに、中国南西部の類似の習慣は、とても大規模に長期にわたって行われるお祭りで、そこでの歌の披露には、技能に長けた専門的な歌人ともいえる者から一般人まで様々な参加者で行われていたようです。

 そこでは歌の交歓を通じて、男女の出会いから婚姻に至るまでのプロセスを、あるいは日常の生活を再現する姿があったようです。
 それが、中国で行われていた風習からすると、田舎特有の儒教的しがらみの強い村落社会のなかでで、あからさまな男女関係の表現をしにくい環境であるからこそ、歌を通じた世界においてのみ、現実にはなかなか行いえない関係を表わしえたという姿がうかがえるのです。

 このことをみると、万葉集の大らかさというものも、必ずしも文字道理に捉えられるものではなく、現実にはその後の日本の普通の村落社会と同じような、周囲の目にさらされた保守的な社会構造が万葉の時代にもあり、そうした社会環境があったからこそ、歌の世界でのみ、現実にはかなわないことを歌いあげていた側面があるのではないかと感じてくるのです。

 万葉の時代を知る手がかりとしてばかりでなく、広く歌というものが発生して芸術表現にまで発展していく原点をうかがい知ることができるようなとても面白い本です。