~ここから新しい世界に出会える~正林堂

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灰に埋もれた消えない火

童門冬二著『上杉鷹山学陽書房
これを読んだ方はけっこう多いと思う。
上杉鷹山の評伝の最高傑作であるばかりでなく、
童門冬二の作品でもこれに匹敵する作品は未だ出ていないのではないかといわれる。
その評価を代表する有名なエピソードを以下に要約抜粋させていただく。


まだ若き上杉治憲(鷹山)が、改革を夢見て江戸藩邸から米沢に向かう途中、
駕籠の中で煙草盆のなかの冷たく冷えた灰皿を見て、
この冷たい灰がそのまま米沢の国を象徴しているように思えてさらになげいていた。
この国の人間は誰も希望をもっていないのだ。
ああ、私は大変な国に来た。
年若く、何も知らず、経験もない自分が藩政改革をおこなおうなどというのは
天を恐れぬ高言であった。自分は改革の第一歩に着手しないうちに、しっぽを巻いて
遠い日向の国に帰らざるを得なくなるだろう、と。
そういう悔恨の情が次から次へと突き上げてくるのであった。

そのうちに、治憲は、何の気なしに冷たい灰の中を煙管でかきまわしてみた。
治憲は、煙草を吸わない。だから家臣たちも、火に注意を払わなかったのである。
が、灰の中に小さな火の残りがあった。

それを見ると、突然治憲の目は輝いた。
そして治憲は、何を思ったのか、駕籠の隅にあった炭箱から新しい黒い炭を取り出して、
残り火の脇に置いた。
そして煙管を火吹竹の代わりにしてふうふう吹き始めた・・・・・・・・(略)



この瞬間から、
どんなに冷たく冷えた灰のなかでも、消えることなく赤々と燃える火がある。
これを種火として、ふうふうと息を吹きかければ
無限にこの火は増やしていくことができると、
治憲の米沢での改革がはじまっていく。

これこそ、人の心臓とからだの関係でもあるのではないだろうか。
人のからだが病んだり、疲れ果ててぼろぼろになっているようでも、
その胸の奥には、決して消えることのない神秘のエネルギーが
常に赤々と燃えている。
それを伝えるしくみさえ取り戻せば、
いかなる存在も生き生きと輝きはじめるのではないだろうかと。

この見方からすると、
人のもつエネルギーにはマイナスのエネルギーは存在しないのだということがわかる。
どんなに病んだ人でも、
意欲を無くした人でも、
他人に冷たく当たるような人でも
その胸の内には必ず赤々と燃え続けているエネルギーが存在している。
そのプラスのエネルギーが
うまく全身に伝わっているかどうかの問題にしかすぎないのだと。