~ここから新しい世界に出会える~正林堂

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「尾瀬高校」ってスゴイ!

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写真の本を先に見られると誤解されそうですが、
尾瀬高校が何か世界一であるという話ではありません。 

 実は、この高校がなにか独自の調査・学習活動を活発にやっている学校であることは聞いてい
ましたが、私は尾瀬高校のM井先生の話を聞くまで、この高校が公立高校でありながら、
これほど魅力のある学校であるとは思っていませんでした。


 群馬県沼田市利根町にあるこの高校は、もとは沼田高校武尊分校として創立されたの
が、平成8年に県立尾瀬高校に変更された学校です。
 平成8年に自然環境科が新設れ、その独自の教育スタイルはまだ歴史の浅いものですが
、ここのところ何度か紹介している県の地域創造フォーラム「三人委員会哲学塾」の1日
目、前橋の群馬会館で開かれたシンポジウム座談会の場で、私ははじめてM井先生の話を
聞くことができました。


 フォーラムの場で壇上に並んだパネラーはたくさんいて、最初に指名されたM井先生
は、何から切り出してよいのか迷われたのではないかと思いますが、先生は率直に尾瀬
校の特色と現状を話されましたが、それだけで十分会場の人々を唸らせるものでした。


 尾瀬高校の特色をふたつの点で紹介していたように思えます。
 ひとつは、尾瀬ハートフルホーム・システムというもので、これは尾瀬高校が公立高校
でありながら、県内の遠隔地だけでなく全国から生徒を集め、地元の家庭に下宿生活をし
ながら学校に通うしくみです。それを、ただのホームステイとしてではなく、生活アドバ
ーザーによる日常生活のサポートをつけて文字通り安心して地域の人たちと心温まる生活
がおくれるシステムとして活用されていることです。


 もうひとつが、教員一人あたりの平均生徒数が7人という環境でこそできることだと
思うのですが、様々な特色ある教育活動があることです。
学校案内にはLAPP(リベラルアーツ・パートナーシップ・プロジェクト)、SCP(
スチューデント・カンパニー・プログラム)、SPP(サイエンス・パートナーシップ・
プロジェクト)、地域活性化プロジェクト(総合的な学習の時間)とかあり、大学教授等
の専門家の講義、体験学習、NASAなど米国派遣など様々な体験をする機会があるよう
です。


 そしてその中核ともいえる活動が尾瀬という地の利を活かした自然の観察・調査活動
です。
 
2006年度の活動記録をみると、以下の7つのテーマに取り組んでいます。
「群馬の自然を体験的に理解するための観察・調査実習」
尾瀬の定期的な自然環境調査(動物・植物・水質)」
武尊山の自然環境調査(小型哺乳類・昆虫類・植生)」
サンショウウオの産卵後の行動形態の解明」
「上州武尊山麓のブナ・オオシラビソ林に生息する鳥類の調査」
浅間山北麓の地質図を作成する」
「火山噴火の理解(男体山)」


新聞の記事によるとこれらの活動を通じて生徒たちは、水質や植物の状況を調べること
を通して、ニホンジカツキノワグマの分布、行動が季節により変化することを具体的に
確認することができた。 サンショウウオの調査活動では「サンショウウオの産卵後の移
動方向が同じであったこと」「斜面や木に登ったこと」「1分間に2メートル以上も移動し
たこと」などの新発見をしている。
 
 これらの調査は、どれも通常の学校で行なう総合学習などとは違って、長期にわたって
現場に通い続けて調査を重ねたもので、生徒たちにとって、ひとつの調査のプロセスその
もの、ひとつの発見自体が、通常の学校の学習では得られない大きな体験になっているも
のだと思われます。


 そのことが、先の地域創造フォーラムの2日目、3日目に参加した尾瀬高校の生徒の
発言に如実に感じ取ることが出来ました。
 最初に発言を求められたのは、1年生で、マイクを向けた女性から様々な誘導を受けな
がらたどたどしく言葉を発するようなものでしたが、2年、3年生となると発言したいこ
とがたくさんあるらしく、何人もがしきりに手を上げて指名を求めていました。
 ある生徒の発言は、尾瀬のシカの分布調査の結果報告で、環境保護対象の国立公園の敷
地内でシカの行動範囲が尾瀬湿原内部へいかに侵入してきているか、その実態を調べた話
で、その言葉には自信がみなぎっていました。
 会場にいたある参加者は、こうした場に来るのはどうせ優秀な生徒だけつれてきている
んだろうなどと言っていましたが、私は決してそのようには見えませんでした。
 最初に発言したたどたどしい1年生も、きっと半年後くらいには自分の研究調査の内容
から、ひとに伝えたくてしょうがないものを見つけ出すことと思います。
 
 自分たちで山の中に何日も通い続けて知ったこと、これは、どんなにたくさんの知識を
詰め込んで得たものよりも、自分自身の力になるものです。
 しかも、そのテーマが、今自分が住んでいる場所、通っている場所の自然や歴史・風土
に関するものであることは、その土地で生きていくうえで、そればかりかその学習成果自
体が学校外のその土地の人々にとって、専門の研究者の学術調査以上に価値あるものだと
思います。


 総合学習自体、数年前から全国で位置づけられて、調べる学習の価値は教育現場で言
われていることなのですが、公立高校で尾瀬高校のように十分な時間をとって現場実習・
調査のできている学校はあまり聞いたことがありません。
 そればかりか、総合学習という教科書のない学習スタイルに多くの現場の先生方がもて
あまし気味の実態ですらあることを聞きます。


 そのフォーラムでは、地域とは何かといった問題提起もありましたが、学校や学ぶ場
というものが、大学受験のための特殊技術教育の場から少しでも脱して、こうした地域を
知り地域を学ぶ場となることを願わずにはいられません。
 利根・沼田の自然のことを知るなら、尾瀬高校に立ち寄って生徒に話を聞いてからでな
いと話にならないよ、と言われるような姿を夢見てしまいます。


 ずっと学校の先生方に薦め続けている本で
『競争をやめたら学力世界一』朝日選書という定価1200円ばかりの本があります。
これは、知識というものは、そもそも体系的なものではないという前提で、子ども自身が
興味を持ったことを徹底的に自分で調べさせる、学ばせるということを実施した教育で、
知識の体系を詰め込むという日本流の教育は一切排除した北欧フィンランドの実践例です

結果としてそういう教育をしたら学力も世界一になってしまったという信じられないホン
トの話です。
 尾瀬高校は、まだ質・量ともにそこまでではありませんが、公立高校としてはもっとも
教育の本流に、受験特殊技術教育からの脱却に近い実験に取り組んでいる学校なのではな
いでしょうか。


 これも単純に教育システムとして必ずしも簡単に出来ることではなく、M井先生のよ
うな現場で力の発揮できる教師がいてこそ成り立つことだと思います。


 あたらめて学校のホームページを見ると、それほどのことをやっているようには見え
ない気もしないでもないのですが、今、最も応援したい学校でありことには間違いない。